顔面神経麻痺の治療において大切なこと
末梢性の顔面神経麻痺の多くはウィルスの再活性化によるものです.神経に炎症が生じ腫れることで神経線維が損傷します.急性期には顔面神経の機能が低下することで生じる症状がメインですが,損傷した神経の回復時にトラブルが生じることで1~2割ほどのケースに後遺症が生じてしまいます.また,表情筋の麻痺だけでなく,味覚障害や涙腺・唾液腺の分泌障害を伴う方が後遺症のリスクが高いことも報告されたいます.
顔面神経の走行ルートは頭蓋骨の中から外に出るときに狭い骨のトンネルを通過するため,炎症で腫れが生じると血液の供給が上手くいかなくなり神経の損傷が悪化し回復が遅れる傾向があります.
顔面麻痺の発症後,可能な限り早い段階から医師による治療介入があることで,後遺症のリスクは下がります.
鍼灸には血流を改善したり,炎症を低減する作用があります.医療的介入と併用することで回復をサポートすることが鍼灸の役割となります.当室ではレーザー鍼(LLLT)という非熱光線療法の経頭蓋骨照射を併用し,顔面神経の絞扼・損傷が生じやすい部分へ直接アプローチすることで回復を促します.
また,鍼灸はウィルスの再活性化の要因となり得るストレス・疲労・消耗・寒冷などの要因にも並行してアプローチすることが可能です.
末梢性の顔面麻痺ってどんな病気なのか
顔面(神経)が麻痺する疾患の8割ほどは,ベル麻痺とハント症候群が占めます.両者とも症状の発現にウィルスの再活性化が関わります.ベル麻痺は単純ヘルペスウィルス1型(HSV-1),ハント症候群は帯状泡疹ウィルス(VZV)の再活性化が多くを占めると報告されています.
ベル麻痺の主な原因であるHSV-1は水疱瘡のウィルスとして知られ,50歳未満の2/3が感染していると推定されています.また,ハント症候群に関わるとされる帯状泡疹ウィルスについては,成人の9割以上が抗体を保有しているとされています.
ウィルスの再活性化って何ですか?
単純ヘルペスウィルスや帯状泡疹ウィルスに感染するとずーっと体内に潜伏し続けます.普段は免疫がこれらのウィルスが再活性化することを抑えていますが,疲労やストレスが続いたり,体力を消耗するような病気を患ったりすると,ウィルスを抑える力(抵抗力)が弱まることで神経などに潜んでいたウィルスが再活性化して発症に至ります.
神経にどのようなダメージが生じるのですか?
ウィルスの再活性化によって生じた炎症によって,神経は脱髄という神経損傷を被ります.炎症によって神経浮腫という神経の腫れが生じます.顔面神経が頭蓋骨の細いトンネル(顔面神経管)内で絞扼されて虚血と神経損傷が生じたり,炎症性細胞浸潤という反応で神経が損傷を被ることなどが確認されています.
顔面神経麻痺の症状
顔面神経が支配する筋肉が影響を被る
表情筋やアブミ骨筋などが麻痺します.表情筋が麻痺するので健側(麻痺していない側)に引っ張られてしまって表情が歪む,額にしわを寄せられない,瞼を閉じられない,食べ物や飲み物がこぼれてしまう,瞼を閉じられないことに加えて涙腺も影響を受けることからドライアイとなることもあります.アブミ骨筋は耳小骨に着く筋で,鼓膜からの音の振動を調節する働きがあります.この筋が麻痺することで聴覚過敏などが生じます.
唾液腺(顎下腺・舌下腺)や涙腺が影響を被る
顔面神経は唾液腺や涙腺に達し副交感神経性支配しています.このため口腔内が乾燥したり,涙の分泌量が減少するとともに瞼の筋も麻痺することからドライアイ症状が生じやすくなります.
味覚への影響が影響を被る
顔面神経は舌の前側2/3と軟口蓋の味覚を支配しているため味覚障害が生じることもあります.
顔面神経麻痺の予後
末梢性の顔面麻痺は,ベル麻痺で7割ほど,ハント症候群で4割ほどが自然回復するとされています.医師の治療介入によりベル麻痺では9割ほどが,ハント症候群では6割ほどが治癒に至ります.裏を返すと,ベル麻痺の1割,ハント症候群の4割は後遺症となるリスクがあります.
Ramsay Hunt症候群 ―重症例を減らすためには何が必要か IASR Vol. 34 p. 301-302: 2013年10月号) NIID国立感染症研究所
後遺症にはどのようなものがあるのか?
病的共同運動
意図していない部分(筋肉)が動いてしまうことです.
拘縮・痙攣
顔面の筋肉がひきつれて強ばったり,ぴくぴくと痙攣する状態です.
食事中の流涙
病的共同運動のような誤支配が唾液腺と涙腺を支配する神経で生じた状態です.
もっと知りたいときは,「東京歯科大市川総合病院 顔面神経麻痺専門外来のHP」が分りやすいです.
このように後遺症について理解すると,顔面神経麻痺の治療を早期に開始することが如何に大切であるかがお分かりになるのではないでしょうか?
顔面神経麻痺に鍼灸を施術する目的は何ですか?
- 早期の回復を促すこと
- 後遺症移行リスクを低減する
後遺症をリスクを下げるため神経傷害部位の回復を促す–血流の改善,神経管における神経絞扼・虚血の状態を早期に回復する
特に耳の近くにある顔面神経の通過するトンネルである顔面神経管の絞扼・虚血が懸念されるケースでは,同部位にレーザー鍼(LLLT/近赤外線浸透照射)を経頭蓋照射することで深部に到達させて炎症の改善を促します.
顔面神経麻痺の予後の推測は医療機関(病院・クリニック)で実施される電気生理検査で発症後7日~10日くらいには可能となります.こうした検査で予後が芳しくないと推定された方でも回復された例がありますので,鍼治療を併用されることも視野に入れていただければと思います.
東洋医学と考える顔面神経麻痺とは?
東洋医学では口眼歪斜が顔面神経麻痺と比較的近いと考えられています.以下のような状態が直接間接的に顔面神経麻痺の発症に関係するであろうと考えられます.
風邪外襲
寒・熱の邪が風邪と相まって,足陽明胃経や手少陽三焦経などの経絡に影響を及ぼして口眼歪斜になると考えられている.
肝風内動
怒りなどなどのストレスによって肝に機能が乱れ,それによって生じる内風が経絡に影響する口眼歪斜.
肝気鬱結
精神的な抑圧などのいわゆるストレスが肝の疏肝機能に影響することで,気機ののびやかな運行が失調すること生じる状態.抵抗力の低下を招く要因となり得る.
気血両虚
慢性疾患や出産などで気血双方が消耗して生じる状態.身体活動を維持する上で不可欠な気血が不足する状態ですから,身体の抵抗力が低下してしまいます.
鍼灸では,神経機能の回復に直接アプローチするだけでなく,ウィルスの再活性化の要因であろう身体の 状態に目を向けて,併せて施術することで回復を促します.