妊活で甲状腺が重要なのはなぜ? 〜潜在性甲状腺機能低下症を分かりやすく解説〜

不妊鍼灸

はじめに

不妊治療を始めると,血液検査で「TSH」という項目を調べることがあります.

「妊娠の問題なのに、なぜ首にある甲状腺を調べるの?」

と疑問に思われる方もいるでしょう.

実は甲状腺ホルモンは,単に身体の代謝を調節しているだけではありません.

月経や排卵などの生殖機能に関係し,妊娠が成立した後には母体の健康や胎児の発育を支える重要な役割を担っています.

そのため,妊活や不妊治療では「卵巣だけを見る」のではなく、甲状腺の状態も確認することが大切です.

そして妊活中の女性にぜひ知っていただきたいのが,「潜在性甲状腺機能低下症」です.

そもそも甲状腺とは?

甲状腺は,首の前側にある小さな臓器です.

ここから分泌される甲状腺ホルモンは,

  • 身体の代謝
  • 体温調節
  • 心臓や筋肉の働き
  • 脳や神経の働き
  • 成長や発達

など,全身のさまざまな機能に関係しています.

いわば,身体全体の「エネルギーの使い方」を調節しているホルモンです.

当然,生殖機能もこの影響を受けます.

甲状腺機能が大きく低下すると,月経周期の異常や排卵障害などが生じることがあります.

さらに妊娠が成立すると,母体には妊娠を維持し胎児を育てるため,それまでとは異なる甲状腺ホルモン環境が必要になります.

TSHとは何でしょう?

甲状腺機能の検査では,

TSH(甲状腺刺激ホルモン)

という値がよく測定されます.

名前に「甲状腺」と付いていますが,TSHそのものは甲状腺から分泌されるホルモンではありません.

脳の下垂体から分泌され,

「もっと甲状腺ホルモンを作ってください」

と甲状腺に指令を出すホルモンです.

血液中の甲状腺ホルモンが不足してくると,脳はそれを察知してTSHを増やします.

そのため,

甲状腺ホルモンが不足する

脳が甲状腺にもっと働くよう指令する

TSHが上昇する

という関係があります.

この仕組みを理解すると,「潜在性甲状腺機能低下症」が分かりやすくなります.

潜在性甲状腺機能低下症とは?

「甲状腺機能低下症」と聞くと,

「甲状腺ホルモンが少なくなっている状態」

と思われるかもしれません.

ところが,潜在性甲状腺機能低下症では,一般的にFT4(遊離サイロキシン)は基準範囲内に保たれています.

それにもかかわらず,

TSHが高くなっている

ことが特徴です.

つまり甲状腺は,今のところ必要なホルモン量を何とか維持できているものの,脳から通常より強い刺激を受けている状態と考えることができます.

車のアクセルで考えてみましょう

車で例えてみます。

健康な状態では、アクセルを軽く踏むだけで時速60kmを維持できるとします。

ところがエンジンの働きに少し余裕がなくなってくると,同じ60kmで走るために、以前よりアクセルを踏み込まなければならなくなります.

速度計だけを見れば,どちらも60kmです.

しかし,エンジンを動かすために必要なアクセルの量が違います.

これを甲状腺に当てはめると,

FT4=車の速度
TSH=アクセル

と考えることができます.

FT4は正常でも,正常に保つためにTSHというアクセルを強く踏む必要がある.

これが,潜在性甲状腺機能低下症を理解する一つのイメージです.

「甲状腺ホルモンが正常なのに,なぜ甲状腺機能低下症なの?」

という疑問も,このように考えると理解しやすいでしょう.

TSHが2.5を超えたら異常なのでしょうか?

妊活について調べていると,

「妊娠希望ならTSHは2.5 mIU/L未満」

という数字を目にすることがあります.

ここは少し注意が必要です.

TSHには基準範囲がありますが,その解釈は必ずしも一つの数字だけで決まるわけではありません.

検査法や施設の基準範囲,年齢,妊娠の有無,甲状腺疾患の既往,甲状腺自己抗体の有無などによって判断が変わることがあります.

したがって,

「TSHが2.5を超えた=甲状腺に異常がある」

と単純に考える必要はありません.

特にTSHが軽度に高い場合には,

  • FT4はどうなっているのか
  • TPO抗体などの甲状腺自己抗体はあるのか
  • 甲状腺疾患の既往はあるのか
  • 不妊治療を受けているのか
  • すでに妊娠しているのか

などを含めて総合的に判断します.

妊活では「2.5」という一つの数字だけに過度に不安を感じるのではなく,自分の甲状腺機能全体を評価してもらうことが大切です.

妊娠前と妊娠後では甲状腺を取り巻く環境が変わります

もう一つ重要なのが,

妊娠前と妊娠後では,甲状腺ホルモンを取り巻く身体の環境が変化する

ということです.

妊娠するとhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)が増加します.

hCGには甲状腺を刺激する作用もあるため,特に妊娠初期にはTSHが生理的に低下することがあります.

そのため,妊娠していない女性のTSHを評価する感覚を,そのまま妊娠初期に当てはめることはできません.

また,妊娠すると母体に必要な甲状腺ホルモン量も増加します.

特に妊娠初期の胎児は,自分自身の甲状腺機能がまだ十分ではなく,母体から供給される甲状腺ホルモンが重要になります.

だからこそ,妊娠前から甲状腺機能に余裕があるかどうかが重要になるのです.

妊娠は「上り坂」と考えると分かりやすい

先ほどの車の例をもう一度使ってみましょう.

妊娠前は平坦な道路を走っていたとします.

潜在性甲状腺機能低下症があっても,アクセル(TSH)を強めに踏むことで,必要な速度(FT4)を維持できていました.

ところが妊娠すると,車は「上り坂」に入ります.

それまでより大きな力が必要になります.

つまり,

妊娠前には甲状腺ホルモンが正常でも,妊娠によって必要量が増えたときに,それに十分対応できるか

という視点が重要になります.

妊活で甲状腺機能を確認する意味は,単に「現在ホルモンが足りているか」だけではなく,妊娠後の変化も考えて甲状腺の状態を把握しておくことにあります.

TPO抗体・Tg抗体とは?

妊活中の甲状腺検査では,

TPO抗体(抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)
Tg抗体(抗サイログロブリン抗体)

を調べることがあります.

これらは甲状腺に対する自己抗体です.
自己抗体とは,自分自身の身体(細胞や組織)を攻撃対象としてしまう抗体とご理解ください.

代表的な自己免疫性甲状腺疾患である橋本病などで認められます.

ここで大切なのは,

「抗体陽性=すぐに甲状腺機能低下症」ではない

ということです,

自己抗体が陽性でも,TSHやFT4が正常な方は少なくありません.

また,

「抗体陽性=不妊」

という意味でもありません.

必要以上に不安になる必要はありません.

自己抗体が陽性なら「一度検査して終わり」ではありません

一方で,自己抗体が陽性の場合には,甲状腺機能を少し注意深く見ていく必要があります.

妊娠前には正常だった甲状腺機能が,妊娠によって甲状腺ホルモンの必要量が増えることで変化することがあるからです.

そのため自己抗体が陽性の場合には,医師の判断によって,

妊娠前だけでなく妊娠成立後にもTSHやFT4などを定期的に確認する

ことがあります.

検査の頻度は,TSHの値,自己抗体,甲状腺疾患や治療の有無などによって異なります.

つまり自己抗体は,

「陽性だから妊娠できない」

という検査ではなく,

「妊娠前から妊娠後にかけて,甲状腺機能を注意して見ていく必要があるかを判断するための情報の一つ」

と考えると分かりやすいでしょう.

甲状腺自己抗体が陽性なら薬を飲むのでしょうか?

これも誤解されやすいところです.

TPO抗体やTg抗体が陽性だからといって,すべての女性に甲状腺ホルモン薬が必要になるわけではありません.

特に甲状腺機能が正常な場合,自己抗体陽性だけを理由として一律に甲状腺ホルモン薬を使用すれば妊娠率が上がる,あるいは流産が減る,とは現在のところ言えません.

治療が必要かどうかは,

TSH,FT4,自己抗体,甲状腺疾患の既往,妊娠の有無,不妊治療の状況などから医師が総合的に判断します.

大切なのは,自己抗体の数字だけを治療することではなく,甲状腺機能そのものを適切にフォローすることです.

鍼灸はどのように関われるのでしょうか?

甲状腺機能低下症や潜在性甲状腺機能低下症については,必要に応じて内分泌内科や産婦人科などで適切な診断と管理を受けることが基本です.

鍼灸によってTSHを下げたり,甲状腺ホルモンを正常化したりすることを目的に,医療機関での治療の代わりにすることはできません.

一方,妊活中には,

  • 睡眠の乱れ
  • ストレス
  • 冷え
  • 肩こり
  • 疲労感
  • 自律神経系の不調

など,さまざまな身体的不調を抱える方がいます.
これらの症状は甲状腺機低下症の方がかかえる不調と重なるものも多いかと思います.

(参考)甲状腺機能低下症の人に表れやすい症状

全身症状:疲れやすい、だるい、眠気が強い、寒がりになる、体重が増える、発汗が減る
精神・神経症状:集中力や記憶力の低下、気分の落ち込み、意欲低下、動作や思考がゆっくりする
皮膚・毛髪:皮膚の乾燥、むくみ、脱毛、髪が乾燥する
循環器:脈が遅くなる(徐脈)、運動時に疲れやすい
消化器:便秘 筋肉・関節:筋力低下、筋肉痛、こわばり
婦人科・生殖関連:月経異常、過多月経、排卵障害
などがみられることがあり,重症度によっては妊孕性にも影響します.

鍼灸はこうした症状への対応や,妊活中の全身的なコンディショニングという立場から関わることができます.

甲状腺については医療機関で適切に管理しながら,鍼灸では妊活中の身体全体の状態を整えていく.

このように,それぞれの役割を分けて考えることが大切です.

まとめ:妊活では「甲状腺の余力」も考えてみましょう

甲状腺ホルモンは,単なる「代謝のホルモン」ではありません.

生殖機能に関係し,妊娠成立後には母体と胎児を支える重要なホルモンでもあります.

特に知っておきたいのが潜在性甲状腺機能低下症です.

FT4が正常でもTSHが上昇している場合には,甲状腺が正常なホルモン量を維持するために,より強い刺激を必要としている可能性があります.

ただし,

「妊活ならTSH 2.5未満でなければならない」

と一つの数字だけで判断するものでもありません.

TSH,FT4,甲状腺自己抗体,妊娠前か妊娠後か,不妊治療の状況などを総合的に評価することが大切です.

そして妊娠すると,身体は甲状腺ホルモンをより必要とする状態へ変化します.

妊娠前には問題なく走れていた車も,妊娠という「上り坂」に入ると,より大きな力が必要になる.

そんなイメージで考えると,妊活中に甲状腺機能を確認する意味が分かりやすいのではないでしょうか?

妊活では卵巣だけを見るのではなく,妊娠を支える身体全体の仕組みを見る.

甲状腺も,その一員なのです.

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