中医鍼灸で考える不妊症とは
一口で鍼灸と言っても様々な考え方があります.私は鍼灸の中でも中医鍼灸という中医学の理論をベースにした鍼灸をメインにしていますので,そちらの視点から妊孕性について考えてみたいと思います.勿論,現代医学的な考察も嫌いではありませんから,そちらの方のお話は実際にお越し下さればお話ししたいと思います.
胞宮と胞絡にはどのような役割があるのか?
中医学において胞宮または女子胞と呼ばれる子宮は現代医学の子宮と卵巣を併せた概念で,衝脈と任脈という胞脈(胞絡)によって滋養されています.胞脈とは胞宮を滋養するための気血津液の通路ですから経絡の仲間と考え下さい.
衝脈・任脈はともに胞宮に繋がっていて滋養しているのですから,この胞脈が何らかの要因によって正常な機能を失すると胞宮が十分に滋養されなくなり妊孕性に影響が生じて不孕(不妊)となります.
また,胞脈の中を流れる気血は,肝腎心脾の協調的な働きによって生成され全身に送り届けられています.ですから,これらの臓に何らかの不調が起こって,気血を上手く作れないとか,必要な所に送り届けられない…などの異常が生じると,胞絡としても胞宮を滋養することが困難になってしまうのです.
胞脈(衝脈・任脈)のルート
胞宮の滋養に深く関わる胞脈を構成する任脈は,陰脈の海とも呼ばれいます.その理由は、任脈が手足の陰経や陰維脈と何度も交差し,全身を巡る陰経の経気を育み・整え・統率しているからです.女性の妊娠と生育にとっては密接に関連していると言えます.任脈が失調すると不妊,月経不順,崩漏(不正性器出血),帯下(おりもの)など月経に関連する諸症状が生じます.男性では疝気といって生殖器に関連する症状の原因となります.巡行経路は胞中に起こり会陰に出る.腹部胸部の正中を上行し咽喉に至る.更に下顎,口唇.頬部を巡り眼窩に至る.
衝脈は全身を巡っている十二正経の気血を調節しています.このため血海とも呼ばれています.月経と関連が深く,また悪阻による胸腹症状や産後の乳汁分泌不足などとも関係します.巡行する経路は2つに分かれます.胞中に起こり二支に分かれる.一方は陰部を巡り脊柱内を上行する.他方は体表に向かい気衝から足少陰腎経と交わり腎経と並び上行し,胸部から咽喉をへて口唇を巡り眼窩に至る.
臓腑や胞脈の機能を乱すものにはどのようなものがあるのか?
胞宮の機能が乱れることには様々な要因が関わったいます.寒・湿・熱の邪については外感・内生に関わらず,胞宮・胞脈・臓腑の機能に影響を与えます.胞宮視点で考えれば,直接的にも間接的にも影響を受け得ると言うことです.邪というのは身体の生理機能を乱す因子と考えればわかり易いかと思います.外感というのは外から侵入するということ,内生というのは内から生じるという意味です.
外感関して生殖特有な状況というと,月経期間中,人工授精における精子注入時,ARTにおける採卵・胚移植時などに寒の邪が胞宮に侵入しやすくなるといったものが上げられます.外界との連絡路を有するが故の弱点とも言えます.
ストレスとも関連が深い七情,いわゆる「度が過ぎた感情」も五臓の働きに影響を及ぼします
- 心は喜
- 肝は怒
- 脾は思
- 腎は恐驚
- 肺は悲憂
検査の結果に一喜一憂し,ままならぬ現実に怒り,如何にすべきかと思い悩み,悲観的未来を想像し恐れ悲しむ…このような感情は度が過ぎれば,気血の生成や胞絡の流れ(滋養機能)に影響を与えてしまいます.
すごく性格が悪そうな書き方になってしまいましたが,運動やストレスマネージメントが必要な理由はこの辺りにあるのかと思います.
労倦とはいわゆる過労のことですが,これも臓腑や胞脈への影響を通して間接的に,直接的に胞宮の機能に影響を及ぼします.労倦は過度の肉体的頭脳的労働や過度の心労(七情)などによって,気血が消耗し,臓腑が影響を受けてその働きが乱れることによって生じます.気血の生成や流れに影響が生じることで胞宮の機能にも影響が及びます.
飲食については,この記事を読まれている方のほうが詳しいでしょうから今更ですが,バランスの取れた食事が大切です.極端な偏食は陰陽のバランスを乱すこと,脂の摂取過多は粘稠性を上げ気血の運行に影響が生じることや酸化の要因なってしまいますから注意を払うべきでしょう.
瘀血って何ですか?
瘀血については,皆さんよく知っている言葉のようですから説明不要かも知れませんが,血液の流れが停滞して流れなくなってしまった状態のことです.この状態が身体各所の血液の運行にも影響し,気機の阻滞・経脈の閉塞・臓腑の機能失調などの原因となる.経脈の外に貯留した血液を血於と区別することもあるようですが,一般の方は瑣末なことにこだわる必要はないと思います.瘀血は以下のような要因で形成されます.
- 気虚
気には推動作用といって血行を促す作用があります.この気が不足すると血流が停滞し瘀血が形成される - 気滞
気の昇降出入という機能が阻滞してスムースに流れなくなった状態のことで,血液の下がれも阻滞されるため瘀血が生じる - 血寒
寒の邪により経脈(胞脈の仲間)が拘急し血液が凝滞すると瘀血が生じる - 血熱
熱の邪により血液中の陰液が消耗して粘稠性が高くなり瘀血が生じる - 痰濁
水液代謝の障害により生じる粘濁物質のことですが,これが経脈内に形成されると血行を阻滞して瘀血が生じる
瘀血=冷え(寒)と認識されている方も時々いますが,ストレスによって気虚や気滞となることで生じることもありますし,炎症性の疾患の影響で粘稠性がまして瘀血が生じるといったこともあります.仮に自分に瘀血があるとして,何が原因であるのかを分析した上で対処法を講じることが望ましいかと思います.
不妊と関連が深い胞宮・衝任脈の機能を失調たらしめる要因,不妊症でよく見られるパターンとは?
腎虚
先天的に腎気が不足した状態にあると,あるいは脾の運化機能が損なわれ化源不足により精血が不足すると,衝任は不足状態になり胞宮を十分に滋養することが出来なくなります.衝任虚損を引き起こす後天的な要因としては,久病(長患い)・労損(過労より傷んだ状態・ストレスの影響が長期場合など場合など)・手術・房事過多などがあげられます。また、腎陰が不足し相対的にようのバランスが大きくなると虚火が内生して粘賦停滞が生じ,衝任を乱し胞宮の滋養が損なわれます.肝血は腎精に依拠しているので腎が虚すれば肝血に影響が生じます.
肝鬱
気血津液を必要なところに必要量をのびやかに巡らせる疏泄という機能を肝は主っています.七情(ストレス)の影響による抑鬱など,何らかの原因によって肝気鬱血となり疏泄機能は損なわれ,女子胞の生理機能に密接に関連する衝任の滋養も乱れます.
また,胞宮内の衛気(気の一種)が不足すると寒の邪など侵入が容易くなり,着床性などに影響が及ぶことにも繋がります.
痰湿
油物や濃い味を好むなどの偏食に肥満が重なると,脾胃を傷め運化が失調し痰湿が生じます.痰というのは水液の代謝にトラブルが生じることで粘濁の性質を帯びてしまうことです.経絡や組織に停滞することで,臓腑や経絡の機能を乱します.これが下注して衝任および帯脈を阻滞してすることで妊孕性を低下させてしまいます.寒湿や湿熱なども痰の生成に大きく関わります.
瘀血
瘀血とは経脈内や器官内に運行が阻まれ鬱滞鬱積した血液のことです.この瘀血は血行を悪くする様々な要因によって引き起こされ,気虚・気滞・血寒・血熱・外傷(手術による瘢痕なども)・過労などはすべて瘀血の要因となり得ます.局所だけで無く全身の血液の運行,気機の阻滞,経脈の閉塞,臓腑機能の失調など,その影響は広汎に現れます.月経や出産などで血室が開いたときに寒邪を感受し胞宮に留まると,血が寒によって凝滞し胞脈を阻滞することもあります.生殖領域の鍼灸では寒凝胞宮と呼ぶこともあります.
不妊鍼灸Q&A
Q.高齢不妊ですが,鍼灸は効果がありますか?
一般的には、加齢により卵巣や子宮の血流が低下して,半年以上かけて発育する卵胞の成長環境は悪化します.また,酸化の影響も強くなり卵子や生殖器官への負の影響は強くなります.
鍼灸は,血行を改善する,酸化ストレスを低減する,抗酸化力を微増させる、などといった報告がされています.
ちなみに,LLLT(レーザー鍼)は血行の改善(血管内皮細胞からのNOの分泌,交感神経の抑制),抗酸化力の向上,ミトコンドリアの活性(代謝の向上)などの報告があります.
鍼灸・LLLT共に週に1~2回程度コンスタントに受けることで,着床率が向上するという報告があるだけでなく,ARTにおいては胚(胚盤胞)の獲得に貢献するという報告なされています.
驚異的に生産性が上がるとはいえませんが,コツコツと受療いただくことで40代半ばでも妊娠された例は弊鍼灸院でも希有ではありません.高齢不妊や卵巣予備能が低下しているからこそ、鍼灸やLLLTの併用がより必要なのではないかと考えています.生殖医療の現状を鑑みるに,「これでOKさ~」といえるようなものはありませんので,結果が出ずに悩んでいる場合には総力戦で望まれるのがよろしいのではないでしょうか.
Q.不妊鍼灸やLLLT(レーザー鍼)は、いつ頃から、どのくらいの頻度で通うのですか?
高齢の方や年齢にかかわらず採卵結果が芳しくないような場合には,2回/週程の施術が必要かと思います.
若齢で,排卵誘剤のレスポンスも良いような場合には,1回/週でよろしいかと思います.
個々のケースによっても異なるかと思いますのでご相談下さい.
施術開始の時期(いつから始めるのか?)ですが,卵胞は6ヶ月余りの時間をかけて発育し排卵に至ります.ARTを受けている方の場合ですと,理想的には採卵前に可能な限り早くスタートするのがよろしいかと思います.現実的には,既に長期間にわたり医療機関で治療を受けている方が多いため,ARTを受けつつ鍼灸を併用するという選択をされる場合が多いかと思われます.
Q.妊娠しても施術は継続するのですか?
弊鍼灸院では12週までは続けることをお勧めしています.初期流産の要因の一つとして血行が関わるからです.血行を良くすることで黄体機能や児の発育環境に貢献することを目的としています.
Q.不妊治療中で胚移植の予定ですが,その周期だけでも鍼灸を受けると効果はありますか?
生殖領域における鍼灸の役割は,ある程度の期間継続的に施術することで血流やホルモンバランス,自律神経などの状態をその方にとって良好な状態に近づけることで妊娠の成立継続を促すことであると考えられます.生殖分野の鍼灸では短期間の受療はあまり肯定的に捉えられていないのが現状かと思います.
いわゆる晩婚化を背景とした高齢不妊・卵巣予備能低下が関わるケースでは,不妊治療の成否は卵質によって大きくされます。極短期間の鍼灸の介入で状況が改善することは、あまり期待できないかと思われます.
しかし,卵巣予備能が高く実際に採卵すると問題なく胚が獲得できるのに何度移植しても結果が出ないといったケースで,移植時に極度のストレスを抱え込んでしまっているような場合には,ささやかかも知れませんが効き目がもたらされる可能性があります.その過剰なストレスの影響により負の影響を被る子宮や内膜の血流や免疫から、可能な限りストレスの影響を軽減するために鍼灸やLLLTを施すという考え方です.
Effectiveness of acupuncture on pregnancy success rates for women undergoing in vitro fertilization: A randomized controlled trial
論文としては上の様なものがあります.これは胚移植の①一週間前,②移植30分前,③移植30分後の3回を1セットとして介入し,無施術のグループと単純比較したものです.察しの良い方ならお気づきかと思いますが,偽施術グループが設定されていませんのでプラセボ効果の評価が出来ない,試験の規模が72名を対象とした小規模なものであること,などから信頼性は高くはないのではないかということが推測されます.
また,移植の前30分&後30分で2回介入するというのは,アウトサイダーとして鍼灸が医療と離隔されている日本では難しいかも知れません.
一応,この論文では妊娠率の向上と不安レベルの減少が認められたとありますが,判断は読んで個々になさるのが筋かと思います.
このような介入は心理効果との指摘が多いのも事実ですが,学術的にどのような効果であっても結果が出る可能性があるのであれば,受療する本人が納得している限り問題ないようにも思われます.