日本の高齢化は急速に進行して来ました。高齢者が増加することは、社会の構造や健康問題、経済的側面など多くの分野に影響を及ぼしています。このエッセイでは、特に高齢者の目の健康問題に焦点を当て、酸化が引き起こす疾患に抵抗する方法として、食事療法と鍼治療の可能性を探ることにします。
高齢化と目の健康
平均寿命の伸長と高齢者の増加は、組織の老化即ち酸化に曝される期間が長くなっていることを意味します。これは、高齢者の目の疾患、特に緑内障・加齢黄斑変性症・白内障など、その進行に酸化や血流が係わる疾患と関連しています。緑内障をはじめとした加齢性の目の疾患は、中途失明や視力障害の原因となり、生活の質を著しく低下させることが予想されています。
英アングリア・ラスキン大学の研究では,高齢化を背景として中途失明者が、2015年の3600万人から2050年では1億1500万人に増加すると予想されており、中程度から重度の視覚障害のある人は推定2億人以上から5億5000万人以上に増加すると予測されています。
この増加率がそのまま日本に当てはまるわけではありませんが、中高年の主要な失明原因である緑内障、糖尿病網膜症、網膜色素変性症、加齢黄班変性などのうち、緑内障・糖尿病網膜症・加齢黄斑変性などは酸化ストレスや血流の低下などがその悪化の一因として関連しています。また高齢者の目の疾患の定番とも言える白内障の進行にも酸化は関連しています。
活性酸素は、体内でさまざまな物質と反応しやすく、活性酸素が過剰に増えると細胞にダメージを与える可能性があります。このような酸化ストレスは全身の細胞、組織に影響を及ぼす可能性があります。特に、眼はその影響を大きく受ける器官であり、加齢により活性酸素が増えやすくなります。
血液は体全体に栄養や酸素を運び、代謝物を回収する役割を果たしています。目の中を流れる血液の量は、組織を同じ重さで換算比較した場合には脳の23倍もあるとも言われています。したがって、眼の機能を維持するには多くの血液が必要であり、血液の流れが低下すると、目の健康に悪影響を及ぼす可能性があると考えられています。
例えば、血液の流れが悪くなると、白内障や緑内障、黄斑変性症、眼底出血などの重大な病気の原因になる可能性があります。また、目は水分が多く、非常にむくみやすい器官です。血液循環が悪くなると、水分が滞るので、目は濁ってむくんできます。こうなると、視力にも悪影響を及ぼす可能性があります。
また、加齢により血液循環が悪化すると、活性酸素が増えやすくなります。活性酸素は体内でさまざまな物質と反応しやすく、活性酸素が過剰に増えると細胞にダメージを与える可能性もあります。これが「酸化」で、老化や加齢性眼疾患を引き起こす大きな原因のひとつと言われています。
したがって、眼の組織の血流状態を改善することで、酸化・老化の進行を遅らせることが期待できます
食事療法の視点
現代の食生活には問題が多く、特にファストフードの普及により、摂取する脂質の質が低下しています。これらの食品は、トランス脂肪酸や飽和脂肪酸が多く、酸化を促進させる可能性があります。
目と脳の機能に重要な役割を果たすオメガ3脂肪酸(DHA・EPAを含む)は、青魚やクルミ・アマニ・エゴマなどに多く含まれ、牛肉・豚肉・卵・バター、ファストフード・スナック菓子などにはあまり含まれていないと考えられています。
一方で、抗酸化作用のある食品の摂取は、酸化による目の疾患の進行を抑えることが期待されています。ビタミンCやE、β-カロテンなどの抗酸化ビタミンを多く含む食品、例えば、ブルーベリーや緑黄色野菜、ナッツや種類の取り入れを増やすことで、目の健康をサポートすることができます。また、良質な脂質の摂取、例えばオメガ3脂肪酸を多く含む魚の摂取も、目の健康を保つ上で重要です。
鍼治療の活用
近年、伝統的な鍼治療に目の健康への効果が再評価されています。鍼治療には、抗酸化作用と血行改善の作用が期待されています。特に、眼の周囲の微細な血管の血流を改善することで、眼の組織への酸素供給や栄養素の供給を促進し、酸化によるダメージを軽減することが可能です。
研究によって、鍼治療には身体の抗酸化システムを活性化させる作用があることが判明しつつあります。具体的には、鍼治療は活性酸素の発生を抑制し、身体の抗酸化システムを活性化することができると考えられています。また、アトピー性皮膚炎患者に対する鍼治療では、酸化ストレス度が有意に低下し、抗酸化力が増加したことが報告されています
鍼の血流改善効果:
また、鍼治療は血流を改善する効果もあります。鍼を刺すと、組織(筋肉、皮膚など)への微小な損傷により、感覚を感じる神経への刺激とともに、筋肉や血管から様々な物質が放出され「血管が拡張」して血流が増加します。また、杏林大学保健学部生理学教室の研究によると、刺鍼した直後から末梢動脈の血流量が1.5倍から2.0倍まで増加し、抜鍼し30分経っても血管平滑筋の弛緩は続けています。
眼における鍼の血流改善効果:
眼の血流に関するある研究では、鍼治療が原発性開放隅角緑内障(POAG)患者の眼球血流を有意に増加させたと報告されています。また、別の研究では、鍼通電刺激が眼底血流を有意に増加させたと報告されています。これらの結果は、鍼治療が眼内の血流を改善する可能性を示唆しています。
結語
高齢化は多くの健康問題を社会にもたらしていますが、特に目の健康は重要な課題となっています。加齢による眼の疾患とその予防・治療法について考えた時、抗酸化作用と血行改善は重要な要素であることがわかります。そして、これら二つの視点から見た時、伝統的な東洋医学である鍼治療は有望な手段である可能性が示唆されます。
労働力の減少、物価上昇、年金の相対的減少などから先行きは不透明であり、もしかすると高齢者であっても労働力として期待される社会になってしまうかも知れません。人は数ある感覚の中でも、視覚情報に依存する割合が高いともいわれています。目の健康を保つことは高齢者の生活の質を保つ上では欠かせない要素であると考えます。
現代医学による介入だけでは加齢性眼疾患の進行を止められないケースは、残念ながら一定数存在します。このような場合には、早めに鍼治療を取り入れることでその進行に抗う事も大切であると考えます。