人の知覚情報において視覚の占める割合は8割を超えると言われています.近年は生活スタイが変化し,仕事や娯楽だけに留まらず学習や読書においてもディスプレイの利用が浸透しつつあります.長時間のディスプレイ使用は,その眩しさが目の負担となるだけでなく,眼球の運動量の減少,身体の運動量の減少を伴います.末梢の血行は筋の運動の影響を受けるため,知らぬ間に目の周囲の血行が悪くなってしまいます.
目の周囲の血行の低下は眼精疲労の要因となり,目がかすむ,目が痛む,目がしょぼしょぼする,目が乾く,目が充血する,目やにがでる,まぶしく感じるなどと行った症状がみられるようになります.勿論,頭痛や頚肩こりなどの身体症状の原因ともなり得ます.
また,近視の進行,慢性的な血行の低下は正常眼圧緑内障や加齢黄斑変性症などとの関連性も指摘されています.
中医学で考える目の機能を支える仕組み
物を視るという視覚機能,目に巡行する経絡,目と五臓の関連を以下にざっくりと纏めてみました.
目と鍼灸の関わり
東洋医学では目の働きはとりわけ肝や腎と関わりが深いと考えられています.以下は肝と目の密接な関係を表しています.失調すれば目の機能に影響が生じることは想像に難くありません.
肝主疎泄(肝は疏泄を主る)
肝蔵血(肝は血を蔵す)
肝開竅於目(肝は目に於いて開竅す)
肝の疏泄と肝血は視覚にとって中心的な役割を果たします.疏泄とは全身に気血津液を円滑に巡らせる機能を指します.津液は水とも言われています.蔵血とは血液を貯蔵することで巡っている血量を調節する機能を指しています.肝経は目と交通し,肝の蔵血機能により,目は肝経(経絡の一つ)からの気血により滋養されその機能を得ている.目が正常に機能するためには肝血の滋養を十分に受ける必要がある.
腎は精を蔵す
精は髄を生ず
五官を支配しているのは奇恒の府である脳,すなわち髄海です.腎は髄海を通して目の機能を支えています.腎は精を蔵すところであり,髄は腎精から生じます.脳は目系を経て目と繋がっています.よく見るためには髄海が充足している必要があるため,経絡的には目系に連なる足の厥陰肝経・手の少陰心経・足陽明胃経の充実が大切になります.
腎陰・腎陽はそれぞれ腎精を基礎物質としています.腎陰には臓腑や組織・器官を滋養濡潤する作用があり,腎陽にはそれらを推動し温煦する作用があります.腎陰(腎水)が不足すると十分に滋養されない組織や器官には不調が現れやすく,腎陰虚といって腎陰が不足することで目も十分に滋養されなくなり目の不調を引き起こします.
髄は精から生じ骨髄と脊髄とに分けられる.脊髄の一部である脳はその髄の豊富さから髄海と称される.目が正常に機能するためには十分に精髄の濡養を受ける必要がある.(視神経や眼動脈は目系といって髄海から出ている)
また,「肝腎同源」「精血同源」といって肝と腎には密接な関係があります.例えば,腎陰が不足すれば肝陰も不足するといった状態になります.
目の健康を視る機能に限定せずに目の周囲の胞瞼(上下のまぶた:眼瞼)や外眼筋まで含めますと,肝腎に加えて脾の機能とも関わってきます.
脾主運化(脾は運化を主る)
脾統血(脾は血を統べる)
脾主肌肉(脾は肌肉を主る)
脾には飲食物を精微に変え全身に送る働きがあり,脾は血液を正常に循環させ脈外に漏れ出さないようにしています.脾のこのような働きは全身の肌肉の成長と滋養にとって欠かせないものです.目の周囲の眼瞼や外眼筋は筋肉なので,この様な脾の働きと密接な関わりがあります.また脾のこの様な働きは肝の疏泄や蔵血といった働きとも密接に関連しています.脾の働きが乱れることで目のかすみや眼瞼痙攣といった症状が出ることがあります.
鍼灸ではどのように?
鍼灸を施術するに当っては,何が目の濡養を阻んでいるのかを考える必要があります.例を挙げますと,目の使いすぎに(肝労)より肝血が損傷すると,ぼやけて見える,目が乾く,暗いと見えにくい,眼瞼が痙攣するといった症状が出やすくなります.また、肝の疏泄が何らかの原因で失調すると肝気鬱結となりイライラ,抑うつ,眼痛,目の腫れ,緑内障などの原因になり,肝火上炎が生じると目の充血,頭痛,目眩といった症状の原因となると東洋医学では考えられています.
東洋医学に基づいて原因を推察した上で,それに適した作用を持つ経穴を選択し鍼灸を施術します.
目のトラブルで使われるツボの例
遠隔部位の経穴と作用の例
肝兪・腎兪: 肝腎の補益
三陰交・太溪: 三陰の補益 滋腎養肝
関元・命門: 補腎陽壮 益精養血
脾兪・足三里: 益気生血
膈輸: 生血補血 活血化瘀
風池: 疏経通絡 祛風散邪 (陽維脈との交会穴)
少商: 清熱
合谷: 清泄風熱
太衝: 平肝熄風 養血調経 養血柔肝
局所の経穴:周囲の気血を整える
陽白:足少陽胆経と陽維脈の交会穴
攅竹
太陽
印堂
睛明:手太陽小腸経,足太陽膀胱経,足陽明胃経,陰蟜脈,陽蹻脈の交会穴
陰蟜脈と陽蹻脈は十二正経とは別の奇経と呼ばれる経脈に分類されます.奇経八脈と言われるように,督脈,任脈,衝脈,帯脈,陰蟜脈,陽蹻脈,陰維脈,陽維脈の八脈の内の二脈です.任脈衝脈は生殖系と関わりが深いのでご存じの方は多いのでは内でしょうか?
陰蟜脈と陽蹻脈はともに目の滋潤と関わりが深い経脈です.
Wikipediaに説明がありましたのでリンクしておきます.
※陰蟜脈
※陽蹻脈