腰痛をとりまく現実
我が国では,「保健、医療、福祉、年金、所得等国民生活の基礎的事項を調査し、厚生労働行政の企画及び立案に必要な基礎資料を得ることを目的」として国民生活基礎調査が行われています.
近年の医学の進歩には妙妙たるものがあります.しかしながら,腰痛症状については年を経ても有訴者数は減少することはなく,ほぼ10人に一人くらいの方が腰痛を自覚しているという実態にあります.医療だけでなく,フィットネスや体操教室などからだ作りを目的としたビジネスも隆盛を誇っているようですが「腰痛に悩む方が減少しない」というのはとても不思議です.腰痛には厳しい社会なのでしょうか?
腰痛全体の85%は,原因が不明で,「腰部に起因するが下肢に神経根や馬尾由来の症状を含まない」非特異的腰痛となります.換言するなら,画像診断などでは明確な理由が見つからず,神経が傷害されているような重篤な兆候がないもの,とでも言えましょうか.「なんか良く分らんけど腰痛いわ」的な感じでしょうか?
このような症状を抱えている方のおおよそ半数が「ストレス」を抱えているそうです.その内訳は,仕事に関係するもの,経済状態に関係するもの,病気や介護に関連するものが多い実態にあります.
厄介ですね.
どのような論文なのか?
国外では医療としてあるいは補完医療として,その国の医療システムの中に鍼灸が取り入れられている国が少なからず存在します.研究も医療の枠組みの中で行われるため,良質な論文も目に留まります.ちなみに日本では,明治以降一貫して outsider ( アウトサイダー ) として扱われています.免許取得者・無免許者ひっくるめて「医業類似行為」って言うらしいです.ちなみに,これ英語で何というのかなって調べますと,Quasi-medical practice と訳されるそうです.日本独特のシステムみたいですから通じる英語かどうかは知りませんが.quasi とは,ラテン語に由来する言葉で「as if」に相当するらしく,”疑似的”とか”うわべだけの”あるいは”みせかけの”という訳語が使われるみたいですね.
ご紹介する Acupuncture for the Management of Low Back Pain という論文は,システマティックレビュー(systematic review: 系統的レビュー)と呼ばれる論文です.システマティックレビューとは,リンク先をお読みになればお分かりかと思いますが,テーマに関する論文・文献を収集し,基準を設けて内容を吟味して可能な限りバイアス(偏り)を除き,データを解析してまとめ上げる…こんな感じです.エビデンスレベルとしては高い論文形式です.
この腰痛に関するレビューはアメリカで書かれたものです.医師の診療がより適切に行われるように,腰痛治療における鍼治療の活用と役割に焦点(テーマ設定)を当てたものです.この論文では,腰痛の背景と負担を取り上げ,最新の治療の選択肢を提示し,腰痛の治療法としての鍼を後押しする証拠を比較検討しています.
腰痛の分類や現代医療視点からの conventional で current な選択肢などについては端折り結論を紹介致します.
慢性疼痛に対するオピオイド薬処方に関する2016アメリカ疾病管理予防センターのガイドラインと,慢性痛への非薬理学的介入に関する2017年アメリカ医師会臨床診療ガイドラインによると,鍼治療は慢性腰痛に苦しむ患者にとってNSAIDs(ロキソニンやカロナールといった非ステロイド性抗炎症薬)と同じように最初に選択される治療法となり得る…と紹介されています.
また,多くの研究が為されていて結果も良好なものが多いが,鍼治療には多くのバリエーションが存在するのでその標準化が課題である…とされています.
鍼灸のバリエーションってなんですか?
鍼治療が好きで複数の鍼灸院にかかった事がある方であればお分かりかも知れません.一口に鍼治療と言っても多様な考え方があるということ.現代医学に基づく鍼,日式の鍼,中医学に基づく鍼などと分けることも出来ましょうが,現代医学に基づく鍼であっても血流の改善を図るものもあれば,筋膜の改善を図るもの,痛覚の閾値を上げることを図るものなど様々かと思います.患部局所のツボをセレクトするのか,手足など離れたツボを選択するのか,頭皮鍼を選択するのか,いやいや痛みには耳鍼 (auricular acupuncture) もあります,というように様々な方法が存在していると言うことです.
定量的であることを是とする論文的には課題なのかも知れませんが,病気だけでなく人を見ながら治療を進めるという東洋医学独特の個性を備えた鍼治療は極めて定性的.鍼治療にとって,多様なバリーションはむしろ不可欠であると愚考します.
どのようなことかと申しますと,「この方法がだめならあの方法で」というように鍼灸という同一カテゴリーの中で余儀を探ることが出来るということです.薬剤の選択をする際にも似たような薬であってもここの患者にとっては合う合わないがあるように,鍼術にも同様の事があるため実務上は選択肢が多い方が良いと言うことです.
臨床鍼灸の実態と研究のためのデザインとにジレンマがあるのでしょうね.