――精子の「濃縮洗浄」がカギ
不妊治療を始めると、まず勧められることが多いのが「タイミング法」や「人工授精(IUI)」です。
どちらも自然な妊娠を目指す治療ですが、実はこの2つの間には大きな違いがあります。
とくに人工授精では、「精子の濃縮洗浄」という特別な処理を行う点がポイントです。
今回は、両者の違いと、なぜ人工授精で“濃縮洗浄”が行われるのかを分かりやすく解説します。
タイミング法とは ―― 自然な受精をサポート
タイミング法は、排卵の時期を正確に予測し、その日に合わせて性交を行う方法です。
排卵検査薬や超音波検査、ホルモン値の測定などで排卵日を見極め、
「受精しやすい時期」を狙って自然な妊娠を目指します。
治療といっても、薬や注射を使う場合を除けば、身体的な負担はほとんどありません。
ただし、精子と卵子が自然に出会う必要があるため、
卵管が詰まっていたり、精子の運動率が低い場合には成功率が下がります。
人工授精(IUI)とは ―― 精子を子宮内へ届ける
人工授精は、排卵日に合わせてカテーテルで精子を子宮内に直接注入する方法です。
「人工」といっても、受精自体は自然に起こります。
つまり、自然妊娠を少しだけ助ける治療と考えると分かりやすいでしょう。
では、どんなときに人工授精が選ばれるのでしょうか?
- 精子の数が少ない、運動率が低い
- 子宮頸管粘液が少なく、精子が通りにくい
- タイミング法を続けても妊娠しない
- 性交のタイミングがとりにくい
このような場合、人工授精によって「精子が卵子の近くまで到達しやすくなる」ことで、妊娠のチャンスを高めることができます。
※用語の解説
「IUI」は、intrauterine insemination(子宮内人工授精)の略称です。一般的には「AIH」と呼ばれることが多いですが、こちらは Artificial Insemination by Husband(配偶者の精子を用いた人工授精) という意味です。敢えて言うなら、AIH = IUI using husband’s sperm ということです。日本で人工授精と言えば殆どの場合で配偶者間を意味しますので、AIHの方が一般的です。
精子を「濃縮洗浄」する理由
人工授精では、採取した精液をそのまま注入するわけではありません。
病院では、精液を特殊な方法で処理し、元気な精子だけを選び出して濃縮します。
この工程を「精子の洗浄濃縮(精子調整)」といいます。
目的① 元気な精子を選び出す
精液には、動かない精子や奇形の精子も含まれています。
「スイムアップ法」や「比重勾配法」という方法を用いて、
自力で泳ぎ上がれる運動性の高い精子だけを選別します。
これによって、受精の可能性が高まります。
目的② 精漿を取り除く
精液の液体部分(精漿)には、子宮を収縮させる物質や免疫反応を起こす成分が含まれています。
そのまま子宮内に注入すると炎症や痛みを起こすおそれがあるため、
精漿を除去し、精子のみを安全な培養液に置き換えるのです。
目的③ 少量に濃縮する
元気な精子だけを少量(≧約0.3〜0.5mL)にまとめ、子宮の奥まで注入します。
これにより、卵子の近くまで効率的に到達できるようになります。
精子数が少なくても妊娠の可能性はある
この洗浄・濃縮の工程によって、精子の運動率や濃度がやや低い場合でも妊娠の可能性を保てるのが人工授精の特徴です。
精液検査で「精子が少ない」と言われても、
処理後に有効精子数(運動精子)が100万〜500万個/回あれば妊娠が期待できるとされています。
ただし、これを大きく下回る場合や精子のDNA損傷が多い場合は、
体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)の方が有効な場合もあります。
タイミング法と人工授精の違いをまとめると
比較項目 | タイミング法 | 人工授精(IUI) |
---|---|---|
方法 | 排卵日に合わせて性交 | 排卵日に合わせて精子を注入 |
受精の起こる場所 | 卵管(自然) | 卵管(自然) |
精子処理 | なし | 濃縮洗浄を行う |
対象 | 自然妊娠が難しい軽度の不妊 | 精子数・運動率がやや低い、性交困難など |
身体的負担 | 少ない | 少しあり(軽い処置) |
妊娠率(1回あたり) | 約5〜10% | 約8〜12% |
人工授精は、タイミング法よりも一歩進んだ方法であり、
「受精の場まで精子を送り届ける」サポート治療といえます。
それでも結果が出ないときは ―― ステップアップを検討
人工授精を数回(3〜6回)行っても妊娠しない場合は、
受精や着床そのものに問題がある可能性があります。
また、36歳を超えると卵子の質の低下が急速に進むため、
体外受精(IVF)などへの早めのステップアップが推奨されます。
人工授精は「最終手段の前段階」ではなく、
**自然妊娠から体外受精への“橋渡し”**となる治療と考えるのが現実的です。
まとめ
- タイミング法は「自然な受精を助ける」治療
- 人工授精は「精子を選び、子宮まで届ける」治療
- 精子を濃縮洗浄して、受精しやすい条件を整えるのが人工授精の特徴
- 36歳以降や複数回で結果が出ない場合は、体外受精を検討